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2022.05.26【お役立ちコラム】挫折の活かし方 ~銀座テーラー承継の軌跡~(後編)

コラム

前回「挫折の活かし方 ~銀座テーラー承継の軌跡~(前編)」では銀座テーラー4代目社長 小倉祥子さんの「挫折」が羨ましいとさえ思える、強さの秘訣をお読みいただきました。

最終回の今回は、就任直後に新型コロナウィルスで事実上市場が無くなってしまったテーラー業界。
売り上げ見込みが立たない中、祥子さんがとった行動とは!

音楽留学での挫折という大きな衝撃で鍛えられた精神力は厳しい環境でも、前を向いて一歩ずつ踏み出す力となっていました。


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2007年に帰国し、銀座テーラーに入社する前に1年間、他社でWEBマーケティングの経験を積み、2008年にいよいよ銀座テーラーに入社しました。

銀座テーラーは1935年に私の祖父、鰐渕 正志が創業し、現在も職人が一着を丸縫いするという希少な生産体制を維持しています。制作にかかる時間は一着あたり約70時間を要し、年間多くても600着までの生産となります。

入社後、まずは店舗での販売員からスタートしました。
ご来店されたお客様に、生地とデザインを紹介し、技術者にお客様の要望を伝え製作された洋服を納品します。

始めは受注から納品まで、スムーズにこなす事だけで精一杯、上顧客になっていただくまで苦労しました。

次第にお客様一人ひとりと向き合う時間が十分にあり、コミュニケーションを取れる絶好の機会があること、そして気に入っていただければかなりの確率でリピートに繋がることが分かり、自分の顧客が増えていく事が楽しくなりました。


販売を経験し、同ビル内のアトリエでどのように1着の服作りが行なわれているのか、工程も見ました。
まるで芸術品を創り上げるかのような精巧な職人技に感銘したと同時に、強い危機感を持ちました。

「この事業だけでは持たない!!!」

1着あたり、70時間もかかるスーツに加え職人の高齢化と職人不足。
将来的には益々生産数の減少が懸念される。

そこで、職人が作り上げる銀座テーラー製スーツの生産性をサポートするブランドを2016年にオープンしました。
銀座テーラーのセカンドブランド、もっと気軽にオーダーを楽しめる若年層向け店舗「銀座テーラークロト」です。

銀座テーラーが指導した国内工場で縫製することで、生産性の向上と、コストの削減が実現し、7万円台からスーツのオーダーが可能となりました。

スーツのみならず、カジュアルダウンしたシャツとパンツのコーデ、ジャケットスタイル、デニムなど、スニーカーにも合わせられる着こなし等を提案し、皆様それぞれのライフスタイルにあったファッションを楽しんでいただけるコンセプトです。

入社から11年後の2019年11月、いよいよ3代目の母から事業承継し、代表取締役社長に就任しました。


その2ヶ月後、中国で原因不明の肺炎事例が検出されたとニュースで流れました。
新型コロナウィルスです。
日本でもじわりじわりと広がり、銀座テーラーの売上も2月から下降し始めました。
そして4月7日、初の緊急事態宣言で「休業」を余儀なくされました。


営業ができないと、当然売上が無くなります。
営業再開の目途も全く立ちません。
先一年の資金繰りの確保で、国からの保証制度が伴う借り入れに走りまわしました。

翌月5月25日、宣言は解除されましたが、その後も行動自粛の傾向は続きます。
特に飲食店の営業やイベント開催等は自粛が続き、人が集まることが難しくなった状況下でスーツを新調することは殆どなくなり、テーラー業界にとって事実上市場が無くなってしまいました。

そのような厳しい状況の中で、次のような取り組みをしました。

まずは、職人が製作するマスクの販売です。
記憶に新しいと思いますが、コロナが初めて日本に上陸して、マスク不足が報道され市場での入手が困難となりました。
そこで、手作りマスクや、洗って何度も使用できるマスクが流行り、弊社でも職人が手作りで製作するオリジナルの「ビスポークマスク」を販売しました。
スーツの売上が振るわない中、職人の仕事も確保する、そしてマスクをきっかけにメディアにも取り上げられるという、様々な効果がでて、会社全体も活気を取り戻せました。

https://ginzatailorshop.com/collections/ginza-tailor-bespoke-mask

そして次にECサイトを立ち上げました。
きっかけとしては、TVでビスポークマスクを取り上げられる機会がありましたので、間に合うようにECサイトを立ち上げ、売り逃しを抑えられるようにしました。
その後はマスクに限らず、来店履歴のあるお客様のスーツオーダーを受けたり、新規に対しては小物やスーツのお仕立てギフト券を販売したり、対面でなくても売り上げを立てられるようになりました。


また、若手職人の育成も加速化しました。
十数年以上も前からベテラン職人の高齢化と職人不足の課題が大きく、ずっとその課題と向き合ってきました。
これまでは仕事をしながら新人職人の育成をしてきましたが、とても時間がかかるものでした。
そこでコロナをきっかけに、洋服の受注数も減少している今だからこそできること!、としてベテラン職人を一人つけて、マンツーマンで若手職人の徹底育成を開始し、通常は5年以上かかる育成を2年以内で仕上げる方向で進めることができました。

そして、CADの導入を開始しました。
これまで弊社のカッター職人は、顧客様お一人お一人のパターンを手書きで作成し、型紙を保管して参りました。
そうすると、その職人がいないと解読が難しかしいことや、保管場所の維持も大変です。
そこで、CADにマスターパターンを入れて、補正修正もすべてデータ化し、担当カッター職人でなくても対応ができる仕組みの導入を以前より検討していました。
大変な作業ですが、コロナを機に導入作業を一気に進め、マスターパターンの修正やグレーディング作業も社内でできるようになりました。

最後に出張サービスの導入です。
これまでは当然のようにご来店をメインで運営していました。
銀座の店舗まで出かけるハードルが年齢問わず大きくなりましたので、こちらから出向くサービスをスタートしました。
個人宅や企業への訪問受注の実績を増やすことができましたので、今後は更なる市場開拓に進めたいと思っております。

コロナ渦による影響は計り知れない程に大きく、未だ続いておりますが、経営者としては起きてしまったことに悲観するのではなく、その中で何ができるのかを洗い出し、できる事を粛々と行い、社員が前向きな気持ちで仕事に取り組めるよう、指針を掲げることでした。

そして、コロナが日本に上陸してから2年が経ち、ウィズ・コロナ時代に入りました。

これからの新しい市場の在り方に目を向けた販路の開拓、ファーストブランド、セカンドブランドの売上比率の見直し、製品の向上、職人技術の向上、組織の見直し等、行うことは山積みです。

思いの他のアクシデントも日々起き、心が休まらず、メンタルが厳しいこともあります。
しかしながら、振り返ると音楽留学での挫折という大きな衝撃で鍛えられた精神力は、今も持続し、厳しい経営が強いられながらも、前を向いて一歩ずつ踏み出します。

その時は苦しいと感じても、時間が経つと必ずその苦しみが肥しとなって、大きな力に変化します。
私の場合は、音楽留学時代に挫折と共に培った立ち上がる精神力、そして今も尚、周囲にいる仲間に助けられながら、前を向いて進もうとしています。

社長歴3年、先はまだ永く、これからの社長人生を私なりに歩んでいきたいと思います。

株式会社銀座テーラーグループ
代表取締役社長
小倉 祥子
銀座テーラー https://www.gintei.com
銀座テーラークロト https://ginzatailorclotho.com